4月30日。
明日から時代は、平成から令和に変わる。
どこもかしこも、お祝いムード一色だった。
この時より少し前から、私は考えていることがあった。
母に今、伝えておきたいことがある。
どうしても今、言っておかないといけない気がする。
そんな気持ちで病院へ足は急ぐ。
母は個室に部屋を移した。
父が先生に頼んだのだ。
個室は1泊9000円と高かったが、かまわないと父は言った。
個室に移ったところで病気が治るわけでもないのだが、
出来ることをしたかったのだろう。
少しでも回復してほしい、父も私もその一心だった。
母は酸素マスクを着けていたが、眼差しはしっかりとしていた。
私は母の手を握って、どう言おうと思いながら話した。
「時代が変わるね。令和元年。
私が生まれたのは、昭和49年だったね。
逆子で、大変だったろうけど・・・
お母さん、私を産んでくれてありがとう。
感謝してます。」
泣きそうになった。それを我慢しようと、
「こういうことは元気なうちに言っておかないとね。
なんかあってからでは遅いからね。」と続けた。
母は私を見てしっかり頷いてくれた。
そしておそらく、返事をしてくれたのだろうけど、
「えべべべべ」
という声しか、出なかった。
母はこの頃から、ちゃんとしゃべれなくなってきていた。
けれど、私は特に驚くことはなかった。
なぜ動揺しなかったのか今思うと不思議だけど、
どんなこともそのまま受け入れる覚悟が出来ていたのだろう。
そして母ならきっと「あんたは最高の娘です」と言ったと思うのだ。
「じゃあ、また明日くるね」と言って、
私はふだんどおり、部屋を出た。
