母の生と死に向き合う。

素敵にいってみよう

母のこと

第19話 母の日に

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この日は日曜日だったので、私は子供二人を連れて
母のところへ行った。

病院の近くに大きな公園があって、
先に遊んでいきたいとねだる子供。
アスレチック、滑り台へ連れていく。

少し前までは、母も一緒に遊んでくれていた。
子供たちの笑い声をきいていると、
母の入院がなかったことのように思えてくる。

けれど、時おり視界の隅に映る、魔物のように大きな建物。
あそこに今間違いなく母はいるのだ。

病院に着くと、売店でおかしをねだる子供。
パンとジュースを買い、エレベーターに乗る。
ようやく部屋に着いた。
お母さん、来たよ、と声をかける。
母は起きていた。
首から上は今までと変わらなく元気だ。
言葉は出なかったが、表情は普段通り。

パンをほおばり、楽しそうにきょろきょろとあたりを見回す子供。
そこへ隣の部屋から「おぉ~い、お~い」と
おじいさんの声が聞こえてきた。
このおじいさんは一日中こうやって誰かを呼んでいる。
「お母さん、寝れんねぇ」というと
「そうよ困ったもんよ」と表情で返す母。
ふと気が付くと子供が隣をのぞいている。
「おーい」とおじいさんに声を掛け、おじいさんがこっちを見たのだろう、
きゃーっと笑いながら走って帰ってきた。
昭和の子供みたいだった。笑いを我慢しつつ、だめだよと注意する。

「ばあば大丈夫?」ときく息子。
「大丈夫大丈夫、また退院したら遊ぼうね」と私。
ベッドの傍ら、しばらく話したり、持ってきたおもちゃで遊んだり。
「そうそう、これ母の日のプレゼント」と小さな花束を置く。
母の表情は曇る。「またそんなもんにお金使って」というのだろう。
「これね、安かったの、スーパーで500円ぐらいよ」というと、
どこか安堵した表情に戻った。「ああ、それやったらいいわ」。

「お母さん、私今日も泊まりたいんだけど」
目元が少し笑っている。
「泊まらせてって先生に頼んで来てくれん」
さらに笑う母。
そんなことはできないとお互いわかっている。
けれどあえて冗談で言う。「帰らんでおくから」と。

病院を出たころは夜になっていた。
あの時、建物は病院ではなく、優しい森のように思えた。
魔物なんかではない。母や私たちを、ずっと守ってくれているのだ。
ずっと病院で過ごしたかった。過ごせてよかった。

そんな母の日でした。
子供にとっては、これが最後の面会になりました。





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